Memories of summer

(手塚 編)




不二と海か・・・


菊丸とあそこで会わなければ、今ここで電車に揺られる事も無かっただろう・・・

今頃はいつもと変わりなく・・・図書館で読書をしているところだ。

そして自分の想いをどう伝えればいいかもわからず・・・

時間だけが無闇に過ぎる。


運命とは・・・皮肉なものだな。

一番苦手とする人間に、一番大切な事を教えられるとは・・・

愛する人を大切にするという事。

簡単なようで、一番難しい事だ。


流れる景色の中、言葉少なくお互い窓の外を眺めながらようやく俺達は目的の駅に着いた。






―――――海

やっと着いたな。


改札を出て何処からか香る潮風に誘われるように海の有る方へと少し歩き出すと、不二が笑っているのに気付いた。


どうしたんだ?

何か面白い事でもあったのか?


俺は不二へと問いかけた。



「不二。何を笑っている?」

「あっごめん。ここに来るの六角との合同合宿以来だなって思って

それでその時にしたビーチバレーの罰ゲームを思い出しちゃって・・・」

「罰ゲーム?」

「そう乾特製イワシ水・・・鰯をそのまま搾ったとかで・・・最悪だったよ」

「想像しただけで気分が悪くなるな」

「飲んだ人はそれ以上だよ。でもさ・・飲んだ時のみんなのリアクションを思い出すと・・」



そうか・・イワシ水などという物は、想像もしたくないが・・・

不二がこんなに笑うなんて・・・



「楽しかったんだな」



不二の笑顔に素直な気持ちで答えたつもりが・・・

何故か不二が急に真面目な顔になった。



「うん。楽しかった。だけど・・・ごめん」

「何故謝る?」

「手塚も参加したかったよね」



あぁ・・・そうか・・・俺が参加していなかったから気を使ったのだな。

あのメンバーでこの先あのような合宿はもう在りえない・・・そう考えたのだろう。

だがな不二・・・俺はそんな事は気にもしていない。

それよりも・・・



「そうだな・・・だが不二が楽しめたのならそれでいい・・・」



お前が笑顔でいられる事の方が大事なんだ。



「手塚・・・その・・・」



不二を見下ろすと、珍しく不二が動揺している。

それどころか目線を外された。


何か・・・気に障る事を言ったのだろうか?


どうしていいかわからずにいると、誰かが不二の名を呼んだ。



「不二じゃないか!」

「えっ?」

「手塚も一緒か」



手を上げながら近づいて来た男は、六角中の佐伯だった。



「佐伯・・・」

「やぁ二人揃ってどうしたんだ?泳ぎにでも来たのか?」



笑顔で気さくに話す佐伯・・・

関東大会以降は不二が言っていたように一緒に合宿をしたりと青学とは友好的にしている ようだが・・・

それ以前に佐伯と不二は幼馴染という絆で結ばれているようだ。

今までも何度か試合会場で話しているのを見かけた事がある。


親友の次は・・・幼馴染か・・・

今日はつくづく色んな奴に会う日だな。



「いや・・・泳ぎに来た訳じゃ・・・」

「そうだよな。この時期に泳ぐのはやめといた方がいい。

まぁやめろと言っても・・・聞かない連中もいるけどな」

「君のところのメンバーだね。みんな元気なの?」

「あぁ。相変わらずだよ。今日もみんな揃って海に行ってるよ」

「そうなんだ」

「それより手塚。腕の方はどうなんだ?大丈夫なのか?」


不意に話しかけられ、俺は佐伯へと目線を向けた。



「あぁ。暫くはラケットを持てないがな・・・大事には至らない」

「そうか・・・良かった。決勝はいい試合だったけど・・・

アレが原因で君がテニス界から消えるなんてあっちゃいけないからね・・・安心したよ」



心底ホッとしたというような顔をした佐伯が今度は不二へと体を向けた。



「不二。最近裕太くんとはどう?休みの間に家に帰って来る事はあったのか?」

「うん。何度か荷物を取りに来たり、こないだは久し振りにみんなでごはんを食べたよ」

「そうか・・・良かったな」

「うん。いつも気にかけてくれてありがとう」

「礼なんていいよ。俺と不二の仲だろ?」



そう言って佐伯が不二の腕を取った。


俺と不二の仲・・・・?



「そうだ。今からメンバーと合流するんだけど、不二と手塚も来るといいよ。

これから恒例の海鮮バーベキューをするんだ」

「えっ?あぁ・・・どうする?手塚」



今日は本当に不快な思いをさせられる日だな。

菊丸といい・・・

佐伯といい・・・

親友や幼馴染という立場だとしても・・・気軽に不二に触れすぎる。



「手塚。遠慮する事はないぞ。どうせアイツらが海で取った物がメインだし」



俺の不二に・・・・触れるのは止めてもらおう。



「いや悪いが今日は遠慮しておこう。二人で行きたい所があるんでな」

「えっ?あぁ悪い。そうだよな、わざわざ二人でこんな所まで来るぐらいなんだ。

目的があって当然だよな。悪かったな引き止めて」

「あぁ別にそれはいいが・・・手は離してもらえないか?」



俺は不二の腕を掴む佐伯の手に手をかけた。



「「えっ?」」



不二と佐伯が同時に声を上げる。



それでも俺は手を離さなかった。



「あぁゴメン。そうだよな。俺が不二の腕を掴んでいたら行けないよな」



俺のそんな態度にようやく佐伯が不二の腕を離す。


それ以前の問題だがな・・・



「じゃあ俺は行くよ。また何処かの会場で会えたらいいな。じゃ!」

「あぁ。またね佐伯」

「またな」



佐伯はそのまま手を軽く振りながら小走りに海の方へと消えていった。

不二はその背中を見送ると俺を見上げる。



「行っちゃったね。それでどうするの?手塚。行きたい場所って何処?」

「あぁ・・・」



行きたい場所か・・・そんな所はない・・・ただ佐伯の誘いを断る為に出た嘘だ。

ここへ来たのは不二と二人・・・海が見たいと思っただけで・・・

少しでも思い出になるような場所に行きたい・・・そう思っただけで・・・


俺は不二に答える事が出来ず、無言で歩き始めた。

不二は置いて行かれない様にと急いで俺の横に並ぶ。


不二の事になると・・・駄目だな俺は・・・

感情が上手くコントロール出来なくなってきている。

相手の好意を不二に触れたという事だけで受け入れられなくなるほどに・・・


不二はこんな俺をどう思っているだろうか?

今思えば九州から戻った日も、不二に言われた通りに一番に不二に会いに行き・・・

俺達の関係はゆっくりと始まった筈だったが・・・

特に何かが変わったかといえば・・・答えに困るほど何も変わらないではないか・・・

不二は以前と変わらず俺の側にいてくれる。

ただその時間が少し増えた事ぐらいだ。

不二・・・

だがそれも・・・全て俺のせいなのだろうな・・・


早足で歩く俺に遅れないよう並ぶ不二を見ると、不二が色素の薄い前髪をそっとかき上げて、小さく溜息をついた。



「不二・・・疲れたか?」

「えっ?」



不二が驚いた顔を俺に向ける。


黙々と早足で歩く俺に何も言わずついて来ていたんだ・・・疲れて当然だ。



「ぜ・・・全然大丈夫だよ。それより目的地には近づいているの?」



目的地・・・?

あぁ・・そうだったな・・・

不二は俺が目的があってここまで歩いて来たと思っていたのだったな。

だが・・・それは違う

ここまで歩いて来たのは・・・



「すまない・・・不二」

「何が?」

「目的地など始めから無いんだ」

「えっ・・?」



不二が足を止め、俺を見据えた。



「手塚・・・説明してもらえる?」



俺はそんな不二にどう答えるべきか遠くに視線を移し考える。


今の想いをどう伝えるべきか・・・

いや・・・考えるまでもない・・・



「佐伯と親しいいんだな・・」

「佐伯?」



不二はどうしてここで佐伯の名前が出るのかと困惑しているようたが・・

ここまで歩いて来た原因は間違いなく佐伯の存在だ。



「幼馴染だしね。それに裕太の事をいつも佐伯なりに考えてくれているし・・・

でもそれは今に始まったことじゃない。手塚も知っていると思っていたけど?」

「そうだな・・・理解しているつもりだった」



そう・・理解はしている。

佐伯の事も・・・菊丸の事も・・・



「だが改めてその場を見るのは、いいものじゃない・・」

「えっ?」



更に不二は困惑を強めたようだ。



「いや・・悪い・・・回りくどい言い方をしているな・・・」


そうだな・・・こんな言い方でお前を惑わすような事をするのは良くない。

俺の想い・・・



「不二。改めてこんな事を確認していいのか・・・ずっと悩んでいたが・・・」



お前への想い・・・全てハッキリさせよう。



「俺はお前にずっと想い続けていたと言われたが、好きだと言われた訳ではない。

そんな俺が何処までお前を束縛していいのか・・・

そもそもこんな風に思う資格があるのか・・・・わからないが・・・

誰かがお前に触れるのを黙って見過せるほど、俺の許容範囲は広くない。

目的地も無くただその場から遠ざかる為だけに歩いてしまう程にな・・・」



それまで黙って聞いていた不二が目を丸くする。



「て・・・づか・・・?」

「不二。お前が知るように俺は大石の事をずっと想っていた。

だが今は・・・お前しか目に入っていない。

信じてもらえないかも知れないが・・・いや違う・・・信じてくれ不二。

俺はお前が好きだ・・・」



俺はそっと不二の頬に触れた。

不二・・・

俺の想いはお前に伝わっただろうか・・・?

そしてお前の想いは・・・



「不二。出来れば今の不二の想いも聞かせてもらえないだろうか?」



瞬きもせず俺を見つめる不二。

沈黙が俺の不安を誘う。


こんなに怖いと思うのは・・・生まれて初めてだ・・・


緊張が掌を支配した時、不二の頬に触れている俺の手に不二が手を重ねた。



「好きだよ。今も昔も変わらず・・・僕の目の中に映るのは君だけだ」



今も・・・昔も・・・


澄んだ目をした不二が俺を見つめる。



「そうか・・・ありがとう」



緊張していた掌に温もりが戻る。


不二・・・本当にありがとう

変わらず俺を想っていてくれた事・・・側にいてくれた事・・・

俺の想いに答えてくれた事・・・



「手塚・・・」



不二が笑顔を向けながら、空いた右手で俺の眼鏡を取った。



「不二?」



その行動に驚き不二を見つめると、不二はそのまま目を瞑った。


これは・・・


不二の髪が風に揺れて、不二の決意が伝わる。

不二の・・・俺への想い・・・一途な想い・・・


お前には・・・敵わないな・・・


俺は不二の肩に手を置いた。



「いいのか・・・?」



不二の睫毛が微かに揺れた。

無言の返事



「・・・愚問・・・だったな・・・」



掠れた声で答えると、俺は不二の唇に唇を重ねた。


不二・・・これからだ・・・

これから俺がどれだけお前を必要としているか・・・

どれだけお前を想っているか・・・伝えよう・・・


重なっていた唇が鼻先が触れる程度に離れた。

至近距離で不二と目が合う。

不二の目は今までに見た事の無いほど潤んでいた。


綺麗だ・・・・



「不二・・・」

「手塚・・・」



今度は不二から唇を重ねてきた。

俺はそのまま目を瞑った。



不二・・・

お前を誰にも渡したくない。

誰にも触れさせたくない。



不二・・・

愛している




俺はもう・・・お前なしでは生きてはいけない・・・




                                                                            END




最後まで読んで下さってありがとうございますvv


どうだったでしょうか?

手塚の嫉妬・・・不二への想い・・・伝わりましたか?

楽しんで頂けていたら・・・嬉しいです。

2009.1.21